【30周年】天才リリシストNasのIllmaticについて【イルマティック】

Rap Music

Nasir bin Olu Dara Jonesは1973年9月14日、ニューヨーク市ブルックリン区でアフリカ系アメリカ人の両親のもとに生まれた。母Fannie Ann(ファニー・アン)はノースカロライナ州出身の米国郵政公社職員だった。弟のJabari Fret(ジャバリ・フレット)MCネームJungleは、ヒップホップグループBraveheartsのメンバーとして活動していた。

ナズとジャズミュージシャンの父親オル・ダラ

父親のOlu Dara(本名:Charles Jones III)はトランペット奏者およびジャズとブルースのミュージシャンとして知られている。ナズが幼少期の頃、彼の家族はクイーンズ区のロングアイランドシティにあるクイーンズブリッジに引っ越した。1985年に両親が離婚し、ナズは8年生(中学2年生)で学校を中退した。幼少期には父親の影響を受けトランペットを演奏をしたり、自作でライミングを始めていた。

“Nasty Nas”として活動開始

1989年、”Nasty Nas”(ナスティ・ナズ)というMCネームで音楽活動を始めた。10代の頃、ナズは親友のWillie “Ill Will” GrahamをDJとして起用していた。当時16歳だったナズは、Large Professorと出会い、RakimとKool G Rapがレコーディングしているスタジオに通っていた。彼らがスタジオにいないときにナズはブースに入り、自分の曲をレコーディングしていた。

その後、Large Professorのラップ・グループ、Main Sourceが1991年にリリースした『Live at the Barbeque』に抜擢された。

もしナズが『Live At The Barbeque』で画期的なゲスト・ヴァースをしていなければ、『Illmatic』は存在しなかったかもしれない。メイン・ソースのデビュー・アルバム『Breaking Atoms』の10曲目に飛び入り参加したとき、ナズは18歳にもなっていなかった。

Verbal assassin, my architect pleases
口先の暗殺者、俺の創造力は満足
When I was 12, I went to hell for snuffing Jesus
12歳のとき、俺はイエスを殴り地獄に行った
Nasty Nas is a rebel to America
ナスティ・ナズはアメリカに対する反逆者
Police murderer, I’m causin’ hysteria
警察を殺し、混乱を引き起こす
My troops roll up with a strange force
俺の仲間たちは不思議な力と共に押し寄せる

“Live At The Barbeque”,Featuring Akinyele, Joe Fatal & Nas,Produced By Sir Scratch, K-Cut & Large Professor,Written By Large Professor, Nas, Akinyele & Joe Fatal,Release Date July 23, 1991

ナズを世に知らしめる曲となった『Live At The Barbeque』の中でも特に印象を残したバースである。その他にも白人至上主義団体『Ku Klux Klan』やファーストレディ(大統領夫人)の誘拐に言及した衝撃的なデビューソングとなった。

DJ Premierが衝撃的なナズのVerseについて語っている

「ナズは俺に衝撃を与えた最初のラッパーだった。『俺が12歳の時、ジーザスを殴って地獄に行った』というライミングによって。そんな大胆なフレーズは、当時どのMCも言ってなかった。彼はそれをやってのけたんだけど、本当に『クソ、よくもそんなことが言えるな』って感じだった。俺にはクリスチャンの親がいるが、『あの子に近づくな。悪魔か雷に打たれるぞ』って感じだった。」

“DJ Premier & Pete Rock- Shock of“Went To Hell for Snuffing Jesus”Line”,2014

親友Willie “Ill-will” Grahamとの別れ

ナズのラッパー人生における重要人物Willie “Ill-will” Grahamは世界を違った角度から見ていた人物として語られ、ナズの大親友だった。2人はいつも一緒にいて、彼のことを “笑わせてくれる人”だと語っている。彼らは一緒に曲を制作し、当時は「遊び」に近い感覚だったものの共に音楽を楽しんでいた。

(左端)Willie “Ill-will” Graham、(右端)Nas

1992年5月23日、クイーンズブリッジでWillie “Ill-will” Grahamが銃を持った男に殺害された。ハイになっていたGrahamは、ある女性と口論になり彼女がGrahamのチェーンを奪った。Grahamは怒りに駆られて彼女を殴った。その後、その女性は知人男性を複数人呼び寄せGrahamを射殺した。

二人のパートナーシップは突然絶たれてしまった。

イルマティック
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1999年、ナズは“Ill Will Records”を立ち上げる。Willie “Ill Will” Grahamにちなんで名付けられた。

Columbia Recordsと契約

1992年半ば、ヒップホップグループ3rd BassのMC Serch がナズに接触しナズのマネージャーとなり、Columbia Recordsとのレコード契約を結ぶ。

1992年8月、MC Serchの唯一のソロ・スタジオ・アルバム『Return of the Product』に収録にされた『Back to the Grill』にゲスト参加。このヴァースは『Live at the Barbeque』に続く2曲目の公式曲となる。

この曲で注目すべき点は、ナズのラップがKool G. Rapに似ているのかということだ。Def Jam Records創設者のRussell SimmonsはナズのラップスタイルがKool G. Rapと似ているという評価を下し、契約に至らなかった。

この件に関して2007年にリリースした曲『Surviving The Times』で言及している。

G Rap tried to get us to sign to Cold Chill
Kool G. Rapは俺達をコールド・チリン・レコードと契約させようとしてくれた
But Fly Ty didn’t have the contract we wanted
だけど、(コールド・チリン・レコード創設者の)Tyrone “Fly Ty” Williamsは俺達が望む契約を用意してなかった
Clark Kent just signed Das, he didn’t want us
(アトランティック・レコードの)DJクラーク・ケントはDas EFXと契約したばかりで、俺達を望んでなかった
Russell said I sounded like G, the nigga fronted
ラッセル・シモンズは俺がKool G. Rapのように聞こえると言い、ヤツは拒否した

“Surviving The Times”,Featuring Nipsey Russell,Label Columbia/Sony BMG,Songwriter(s) Nas and Chris Webber,Producer(s) Chris Webber

ソロ・デビュー・シングル“HalfeTime”をリリース

1992年10月、映画『Zebrahead(ゼブラヘッド)』のサウンドトラックに収録されたシングル『Halftime』で、ナスティ・ナズ名義でソロデビューを果たす。サウンドトラックはRuffhouse Records、Sony Music Entertainmentから発売。サウンドトラックのプロデュースと監修はMC Serchが担当した。

『Halftime』は『Illmatic』のために作られた最初の曲で、アルバムより1年半ほど早くリリースされた。Large Professorがプロデュースし、ベースラインにはミュージカル『HAIR』~日本オリジナル・キャストに収録された曲『デッド・エンド』がサンプリングされている。

Large ProfessorはXXLのインタビューでレコーディングの背景を語っている

「『Halftime』のセッションは熱かった。ナズは大きなチャンスを手に入れていたからだ。ウィードは手に入れていたし、Big Boもいたし、Jungleもいたし、Wizもいた。俺もやってきた。俺は既にビートを持っていた。そして、俺たちは座って、ちょっとだけリラックスしていた。彼は気楽にしていて『今度は俺の番だ、そして後悔しないように有意義なものにする』と思っていた。俺たちはOowop(大麻葉巻)を巻いて、ビートを聴きながらくつろいでいた。そして、彼は本当にクールで、スムーズだった。彼はしばらく座っていて『Yo、俺は準備ができたぜ』と言うと、ブースに入って歌い始め、みんなが興奮し盛り上がっていくんだ。曲が完成し、みんながライブルームにいると『Wow!』って感じさ。」

“An Oral History of Nas’ Classic Debut Album ‘Illmatic’ – XXL”,Published: April 16, 2014

『Halftime』でナズはリリックの腕前を見せつけ、ラップゲームにおける自分の位置を宣言している。サビでは、ハーフタイムであること、ゲームの休憩時間であること、自分のパフォーマンスを振り返る時間であることを表現している。曲の最後には、ニューヨーク州クイーンズにあるクイーンズブリッジ・クルーに対するシャウトと、1992年に射殺されたナスの幼少期の隣人で親友のWillie “Ill Will” Grahamへのトリビュートで締めくくる。

メジャー・デビューアルバム“Illmatic”をリリース

1994年4月19日、ナズのメジャー・デビューアルバム『Illmatic』がColumbia Recordsからリリースされた。このアルバムには、Large Professor、Pete Rock、Q-Tip、Leshan Lewis、DJ Premierがプロデューサーとして参加。また、AZやナズの父親であるオル・ダラがゲスト参加している。

1992年~1993年にニューヨークのChung King Studios、D&D Recording、Battery Studios、Unique Recording Studiosにてレコーディングを行った。

“Illmatic”レコーディング中のスタジオにて(1993年)左からラージ・プロフェッサー、DJプレミア、ナズ

このアルバムは全米ビルボード200チャートで初登場12位を記録し、初週に63,000枚を売り上げた。しかし、初週売上は予想を下回り、5枚のシングルはチャートでは大きな成功を収めることができなかった。リード・シングルの『Halftime』はホット・ラップ・シングル・チャートで8位にチャートインしたものの、『Life’s a Bitch』はチャートインすることもなかった。アルバムの初動セールスは低かったものの、『Illmatic』はほとんどの音楽評論家から絶賛され、そのプロダクションとナズのリリシズムが称賛された。

PitchforkのライターJeff Weissによると「ナズの地元であるクイーンズブリッジや周辺地域での需要が高く、MC Serchは60,000枚の海賊版があったとコメントした。アルバムの曲数、短さ(10トラック、39:51)は、急いで市場にリリースするためだった。」としている。

“Illmatic”とはどういう意味?

プロモーションのインタビューで、ナズは “Illmatic”(”beyond ill”「非常にヤバイ」または “the ultimate”「究極」の意味)というネーミングは、収監されていたクイーンズブリッジの友人Illmatic Iceのことを指していると説明した。

「『Illmaticとはシュプリーム・イル(最高にヤバイ)って意味。これ以上ないイルって事。全てのイルを科学したものさ。』

“FEATURE: Nas,The Genesis”,XXL. Retrieved on March 15, 2009.

アルバムのテーマ:クイーンズブリッジでの経験

ナズの生い立ちや経験が『Illmatic』のベースとなっている。このアルバムは、ギャングの対立、荒廃、都市の貧困の荒廃といったテーマに対して独自かつ洞察力豊かに表現している。『Illmatic』の物語はニューヨーク・クイーンズに住む青年としてのナズの経験に基づいており、彼はゲットーに閉じ込められたクイーンズブリッジの一員としての自分を描写している。

『Illmatic』のスナップショット

「語られていないことを伝えたかった。人々に本当のストーリーを伝えたかった。俺のような人間が世の中にいることを知ってほしかった。ラップ界のスターたちがあまりにもビッグすぎたから、俺達の世代のラップが始まった時、生活空間にリスナーを連れてくることが重要だった。単にラップスターになることが目的ではなく、他に重要な要素があった。」

「俺のことを知ってほしかった。ストリートの特徴、感覚、匂い。警官がどのように話し、どのように歩き、考えているか。クラックヘッドが何をするか。それを嗅ぎ、感じてほしかった。こうしてストーリーを伝えることが俺にとって重要だったのは、もし俺が語らなければ誰もそのストーリーを伝えないと考えたからだ。1990年代のニューヨークでの素晴らしい瞬間を記録する必要があり、俺の人生を伝える必要があったと感じていた。」

“Nas On Marvin Gaye’s Marriage, Parenting And Rap Genius”,July 20, 2012

PitchforkのライターJeff Weissは『Illmatic』について「困難な状況に生まれ、罠から抜け出そうとする才能ある作家のストーリー。それは『The Basketball Diaries』と『Native Son』と同じくらいの影響力があるが、Jim CarrollやRichard Wrightはナズのようにラップできなかった。」と表現している。

ジュース
ジュース

『The Basketball Diaries』(バスケットボール・ダイアリーズ):

  • 作者: ジム・キャロル (Jim Carroll)
  • 出版年: 1978年
  • ジャンル: 自伝的小説、ミームワール記
  • この作品はジム・キャロルによる自伝的な小説で、彼の若い頃の経験を基にしている。ニューヨークの街での生活、麻薬の乱用、犯罪、そしてバスケットボールへの情熱などが描かれている。キャロルは詩人でもあり、彼の作品はその表現力豊かなスタイルで知られています。

後に同名で映画化もされ、一層広く知られるようになった。

イルマティック
イルマティック

『Native Son』(ネイティブ・サン):

  • 作者: リチャード・ライト (Richard Wright)
  • 出版年: 1940年
  • ジャンル: 小説、社会派文学
  • この小説はアフリカ系アメリカ人の作家であるリチャード・ライトによって書かれた。物語はシカゴの貧しい黒人青年、ビッグ(ベリー)・トーマスの視点から語られ、彼が偶発的に殺人を犯し、それに伴う心理的な葛藤や社会の偏見に直面する様子が描かれている。『Native Son』はアメリカの人種差別や社会の不平等に対する強烈な批判を含み、アフリカ系アメリカ人文学の重要な作品として評価されている。

アメリカの人種差別と社会的不平等に対する痛烈な批判を含んでおり、社会派文学の傑作として高く評価されている。また、学校のカリキュラムや文学コースでしばしば取り上げられることも。

“Illmatic”が与えた影響

1990年代前半、東海岸のヒップホップシーンは、A Tribe Called QuestやDe La Soulなどのオルタナティブ・ヒップホップに支持されていた。ジャズにインスパイアされた曲作りや、社会意識の高い歌詞、遊び心のある感性で知られるグループなどである。

ニューヨーク・プレス誌のAdam Heimlichが当時のニューヨークの音楽シーンにおけるオルタナティヴ・ヒップホップの魅力について「1994年当時は、Arrested DevelopmentやDigable Planetsと働く方が、より多くのお金(そして文化的な報酬)を得られるように見えた」とコメントしている。

『Illmatic』は、ニューヨークのハードコア・ヒップホップ・シーンから生まれ、東海岸ヒップホップがオルタナティブ・ヒップホップに支配されていた時期にレコーディングされたアルバムの一つとなった。Wu-Tang ClanやMobb Deepとともに、90年代のニューヨーク・ラップの先駆者として登場し、その時代における「イーストコースト・ギャングスタ」の概念を再定義した。

オルタナティブ・ヒップホップからの転換の兆候となり、ニューヨークのヒップホップシーンの大きな変化の始まりを示した。

東海岸のヒップホップシーンに与えた影響

『Illmatic』は、ニューヨークのヒップホップシーン及びイーストコースト・ヒップホップにおいて重要な存在となった。1990年代前半のヒップホップシーンは『西高東低』と呼ばれ、ウェストコースト・ヒップホップが圧倒的な人気を誇っていた時期であった。東海岸の新人アーティストは売れにくい状況が続いていた。

2007年にMTVのインタビューに応じたナズが、『Illmatic』リリース当時についてコメントしている

「『Illmatic』は俺にとってクールで素晴らしい事だった。俺はMarley Marl、MC Shan、Juice Crewといった(クイーンズの)レガシーの中で育ってきた。地元で彼らの事を知っていた。その当時、クイーンズ・ブリッジのシーンは死んでいた。『Illmatic』をリリースすることは、俺にとってクイーンズ・ブリッジのパイオニアたちの遺産を受け継ぐという意味で大きなことだった。ニューヨークから受け入れられたことは素晴らしかった。まるで、「コレで違う次元に行ける、本当に次のレベルに行けるんだ」って感じだったよ。その当時は西海岸のヒップホップが売れていた。東海岸の新人アーティストはあまり売れていなかった。当時は売り上げでは振るわなかったけれど、ストリートで評価されていたのは分かった。」

“Nas & Rakim: Meeting of The Kings”, MTV. Retrieved on January 20, 2007.
No.曲名プロデューサー長さ
1.“The Genesis”Nas・Faith N.1:45
2.“N.Y. State of Mind”DJ Premier4:53
3.“Life’s a Bitch” (featuring AZ)L.E.S.・Nas (co.)3:30
4.“The World Is Yours”Pete Rock4:50
5.“Halftime”Large Professor4:20
6.“Memory Lane (Sittin’ in da Park)”DJ Premier4:08
7.“One Love”Q-Tip5:25
8.“One Time 4 Your Mind”Large Professor3:18
9.“Represent”DJ Premier4:12
10.“It Ain’t Hard to Tell”Large Professor3:22

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